大阪高等裁判所 平成3年(ラ)262号 決定 1991年9月04日
抗告人 甲野花子
右代理人弁護士 加藤成一
主文
1 原審判を取り消す。
2 抗告人の氏「甲野」を「乙山」に変更することを許可する。
理由
1 一件記録によれば、本件抗告の趣旨は、「1 原審判を取り消す。2 本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、「抗告人は、昭和五五年四月二六日、甲野太郎と離婚したが、同人との離婚後も婚氏続称により、婚姻中の甲野姓を名乗ることにしたところ、社会生活上、なにかと支障が生じるので、婚姻前の氏である乙山姓に復氏することの許可を求める。」というのである。
2 《証拠省略》によれば、抗告人は、昭和五二年五月二八日、甲野太郎と夫の氏を称する婚姻をしたが、同五五年四月二六日、同人と協議離婚が成立し、抗告人は、右離婚届出とともに婚氏続称の届出(戸籍法七七条の二)をしたことにより、抗告人を戸籍筆頭者甲野花子とする新戸籍が編製されたこと、抗告人の婚氏続称は、上記甲野太郎との離婚に際し、抗告人が、選択したものであるが、抗告人は、父乙山松夫及び母乙山竹子と同居しているのに、抗告人だけが甲野姓であることにより、なにか特別の理由があるのではないかとの疑いをもたれて、その都度理由の説明等に煩わしい思いをさせられていること、また、抗告人は、上記のようにその両親と同居し、外観上、独立の世帯をもっているとは認められないために、抗告人宛の郵便物が近くに住む「甲野」姓の別人の家に配達されることがしばしばあることが、それぞれ認められる。
3 以上の事実からは、甲野太郎との離婚に際し、婚氏続称により生ずるであろう抗告人の主張するような日常生活の煩わしさを顧慮することなく、婚氏続称を選択した抗告人の軽率さもさることながら、離婚以来一〇年以上の日時の経過により、婚氏「甲野」が抗告人の姓として、ある程度、社会生活上定着していることを否定することができない。
しかしながら、戸籍法一〇七条所定の氏の変更は、民法上の氏の変更をするものではなく、単に、名とともに個人を特定するための呼称上の氏を変更するにとどまるものであって、民法七六七条二項に基づく戸籍法七七条の二の婚氏続称届をした場合も同様であり、離婚によって、民法上の氏は婚姻前の氏に復し、ただ、呼称上婚氏を続称することが許されるに過ぎないものと解するのが相当である。
すなわち、婚姻によって氏を変更した者が、離婚によって婚姻前の氏に復することは、離婚が行われたことを社会的にも明確にし、新たな身分関係の形成を公示しようとする制度の目的を支えるものであって、ただ、上記必要性を上回る婚氏続称の要求がある場合には、例外的にこれを認めることにしたものと見るのが相当である。
4 このような見地からは、離婚をして婚氏の続称を選択した者が、その後婚前の氏への変更を求める場合には、戸籍法一〇七条所定の「やむを得ない事由」の存在については、これを一般の場合程厳格に解する必要はないというべきところ、抗告人が離婚後、婚氏を続称したために、前記認定のような日常生活上の不便・不自由を被っていることの認められる本件においては、抗告人の戸籍法一〇七条一項に基づく、本件氏の変更の申立には、「やむを得ない事由」があるものと解するのが相当である。これと異なる見解のもとに抗告人の本件申立を棄却した原審判は正当とはいえない。
よって、原審判を取り消し、抗告人の氏変更の申立を認容することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 東條敬 小原卓雄)